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徳島地方裁判所 昭和46年(わ)43号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

第一本件公訴事実

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、麻生セメント株式会社高松支店長であり、福本幸雄は、徳島県議会議員として、徳島県が行う県所有の公有財産の処分等法令に定められた案件の議決等の職務を有するほか、昭和四四年九月下旬ころ、地元阿南市選出の県議会議員として、徳島県が県有財産である阿南市橘町幸野地区所在の埋立地を有限会社原建材店(代表取締役原守)へ売払い処分したことに伴う紛争の解決のための調停を県執行部より委嘱され、県執行部に協力して右紛争解決の調停に関与していたものであるところ、前記麻生セメント株式会社取締役生産部長後藤正喜、同社取締役営業部長阿部元一と共謀のうえ、昭和四五年二月六日ころ、阿南市富岡町所在阿波銀行阿南支店において、右麻生セメント株式会社のセメントサービスステーシヨンを建設するため、昭和四四年一〇月三日ころ、徳島県より前記県有埋立地約二、四〇七平方メートルを前記原建材店名義で払い下げを受けた際、右福本より右土地の払い下げに伴なつて生じた隣接地使用者である四国電力株式会社などとの紛争の調停等に関し、徳島県議会議員として好意ある取り計らいを受けたことなどに対する謝礼の趣旨のもとに、同人に対し、現金一〇〇万円を贈与し、もつて、右福本の前記職務に関し賄賂を供与したものである。」というものである。

第二当裁判所の判断

一本件起訴に至るまでの経緯〈省略〉

二ところで、検察官は、被告人から福本幸雄に対する一〇〇万円の贈与は、同人の県議会議員たる職務に関してなされたものである旨主張している。

その釈明(第八回公判)するところによると、およそ県議会議員は、県執行部の県有財産の取得及び処分に関し監督すべき権限を有するものであるが、右権限を実効あらしめるために検査権、監査請求権等の具体的な職務権限を有しているものであるから、県議会議員が県側の県有財産の取得及び処分に関与する行為は、県議としての職務に密接に関連する行為であり、さらに、本件の場合、四国電力、四国石灰、原建材店(実質上は麻生セメント)の三者間の紛争解決が前提とされたところ、県はその調停工作を福本幸雄に依頼し、同人はこれに応じて調停を行つたものであるが、右払下に伴う紛争解決のため調停を担当する行為も同人の県議としての職務と密接に関連する行為である旨主張している。

そこで、前認定の事実を基礎として、検察官の主張するところの、県議福本幸雄が(一)麻生セメント側の意に沿つて県有埋立地の払下を県に対して要望し折衝するなどして関与した行為、(二)四国電力らと麻生セメント側との間の紛争解決のため調停をなした行為、の夫々について、それらが刑法一九七条一項にいう「職務に関し」てなされた行為といいうるか否かにつき検討する。

三刑法一九七条にいう公務員の「職務に関し」とは、当該公務員の本来の職務に属する行為、すなわち職務行為に関する場合にのみ限定されるものではなく、本来の職務執行と密接な関連を有するいわゆる準職務行為又は事実上所管する職務行為をも含むものと判例上解されている。

ところで、地方自治法の規定するところによると、地方公共団体の議会は、同法九六条以下に定める議決をはじめとする諸々の権限を有しており、県議会議員は県議会の一員としてその権限を具体的に行使し、他方で執行機関である県の代表者としての県知事は、同法一三八条の二に定める事項を管理し執行する権限と義務を有するわけであるが、県議会と県知事とは互いに対等の立場に立ちつつ、議会は県民の意思を決定し、執行機関の長としての県知事はこれを実現することを職分として、両者がその職務を互いに適切に遂行するべく、その権限の分配と相互の尊重の関係が期待されているのである。従つて、県議会議員の職務権限と執行機関である県の職務権限とは本来明確に区分されており、互いにその権限を侵すことがないように組織されているのである。しかし、極く例外的には、議決機関を構成する県議会議員が、執行機関たる県知事や県執行部の職務遂行の過程において、その諮問機関的立場に立ち、或いはその補助機関としての役割を具体的に担当することがないわけではない。これらの場合は、殆ど県当局や県議会によつて公認され、夫々に具体的な根拠を以て、その衝に当ることが多いであろうが、純粋に慣例上或いは事実上なされる場合であつても本来の職務執行と密接に関連する行為と評価されうる場合が存在するものと考えられる。けだし、県当局の県有財産処分行為は、地方自治法九六条一項七号により、県議会の議決を経ない限り効力を有しない場合があり、そうでない場合においても、同法九六条一項三号により県議会は執行機関によりなされる決算を認定する権限を有しており、さらに同法九八条一項に基き県知事の報告を請求して事務の管理、議決の執行及び出納を検査することもでき、さらに、同法一〇〇条一項に基き、県の事務に関して調査する権限を有しているのであつて、いわば、県議会は、県民の意思を集約するところであると同時に執行機関の行為を県民を代表して監督する立場にあるわけであるから、当該行為が本来は執行機関の権限であつて県議会の職務権限には属さない場合であつても、県議会の本来の職務遂行のため、その諸権限行使の事前の準備行為とも評価されるような場合においては、本来の職務と密接不可分に関連するものと認めうる場合があるものと解される。

しかし、他方で、県議会議員は、自己の選出母体である地元住民や県民一般と密接な人的関係で結ばれているのが通常であり、県議は、それら住民の要望を代弁し、又は、その意思を県当局に取次ぎ、その要望達成のため努力するなど、いわば地元住民に対する世話役的存在として、広汎なる活動が期待されていることも又、当然である。それは、県議会内における議員活動の一環として行われる場合もあろうし、又、当該議員個人が有する地元民とのつながりに依拠して、議員としてではなく、地元の単なる一有力者として、県当局に対する実質的影響力に期待して諸々の事柄を地元住民から依頼され、それに尽力することがあり得るであろう。こうした選挙民と県議という関係の下で、個別住民、個別企業の夫々の営業や利害について、住民の側からその個別的人間関係を頼りに県議に介入を求める場合があり、これらの中には、極く日常的には、選挙区住民の子弟の進学や就職の世話の類までを含めた広汎な世話役的活動の領域が包含されているものと考えられる。かような世話役的活動の領域は、地方議会の議員にとつては、重要な政治活動の分野であろうが、かような類型の行為までを、それが県議会議員の肩書を示してなされたという理由だけで県議の職務と密接に関連する行為とはいえないことも又明白である。

本件は、後述するとおり、県議会議員の本来の職務権限に属しない執行機関の権限に属する事項につき県議が関与したケースであるが、かような場合当該県議の行為が準職務行為といいうるか否かは、その行為が県議本来の職務権限行使のための準備行為とでも評価しうるような密接な関係にあるかどうか、又、その行為が本来の職務権限に関する実質的影響力をどの程度に利用し活用するものであつたか、という両面から分析した上、県議会議員の本来の職務権限との間の関連性の強度を検討しつつ決定する以外ないと考えられる。

四ところで、県議会議員が県有財産の処分に関与する行為といつても、県有財産の規模により、県議会の有する権限も異つているし、その関与の態様も種々であり得る。

地方自治法九六条一項七号、同法施行令一二一条の二の二項別表第二並びに、議会の議決に附すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例、によると、地方公共団体が不動産又は動産の買入又は売払の際、その処分予定価格が七、〇〇〇万円以上、土地については、一件が二万平方メートル以上の所有財産については、議会の個別的承認を必要とし、それが当該処分行為の効力要件とされているのであるが、それに満たないものについては、議会における個別的承認は必要とされてはおらず、県知事の専決処分に委ねられており、その場合、議会は、一括して決算認定(地方自治法九六条一項三号)の方法で審議の機会があるだけであり、更に、前掲記の証拠によると、徳島県においては、一件が一〇〇万円以上一、〇〇〇万円未満の場合においては、総務部長決裁で行つているのであり、県知事には事後報告で処理していること、右総務部長決裁の前に財産審議会の承認が必要とされていること、が明らかである。

ところで、前認定のとおり、本件土地払下価格は六九八万円であるから、その処分自体は県知事の専決事項であつて議会の介入する余地はあり得ない。もつとも、県当局は、議会の承認が必要でない場合でも、県有埋立地の払下に当つては、県議会の開発委員会の意向を打診する慣例があつた(第一七回公判での岡田達雄証人の供述)ようであるが、本件払下については、重大案件ではないので同委員会の意向を打診してはいない(同証人の供述)と認められる。その他には、本件のような県有財産の処分については、監査委員会の監査に服するほか、県議会としては、決算認定委員会が審議し、本会議にかけられる。決算認定委員会では、当該特別委員のほか、それ以外の議員も出席して質問することができるが、当該処分自体の効力には影響を及ぼさないので、県当局の政治的責任を追及する、というのに止まるわけである。

してみると、本件土地払下自体は県知事の専権であり、県議会は当該処分それ自体については何らの職務権限も有していないわけであり、このことは、県議会が決算認定の権限を有するということとは一応別個の問題である。

五そこで、次に、県議たる福本幸雄のした行為が、県議会議員の本来の職務と密接に関連する行為であるか否かについて検討する。

(一)  まず同人が県有埋立地の払下のため尽力した行為が準職務行為といえるかどうかについて検討する。

〈証拠〉によると、県有地の払下申請は勿論誰でもできるが、現実には県議の紹介によるものが殆どであること、県としては、紹介者が県議であると否とで取扱いを異にするようなことはないし紹介者の資格を限定する様な運用はしていないこと、県議福本幸雄は、地元の産業である原建材店や麻生セメントの意思を代弁し県と払下について交渉したものであるが、四国電力らと利害が衝突して結局譲歩を迫られたものであること、県執行部としても、県議により払下交渉を受けたからといつて格段の影響を受けて職務を左右するようなことはなく、四国電力からの横槍があると、麻生セメントへの譲歩を求めたのはその一例であること、県執行部としては、原建材店への本件払下は妥当な処分であると考えていること、が夫々認められる。以上の事実と、前記一の(一)乃至(四)〈略〉認定の事実とを合わせて考察してみるに、県議が住民の依頼に応じて、県に対して県有地払下の交渉をすること自体は、住民の意向を県側に取次いだだけのことであり、これに応ずるか否かが県執行部の専権である上、県執行部としても県議たる者の交渉であるからといつて払下決定を左右したような形跡はないのであるから、そのこと自体をとらえて県議の準職務行為であるとする検察官の主張は余りにも広汎にすぎて妥当ではないと考えられる。けだし、県議たる福本幸雄としては、県有地払下を決定しうる何らの職務権限も持つてはおらず、又、県議たる立場を活用して県執行部の判断を左右しうる実質的影響力を持つていたものとも認めることはできないからである。

もつとも、本件のような払下については議会の個別的承認は必要でないとはいえ、いずれ決算認定の段階では県議会において審議されるわけであるが、およそ公有財産の処分については全て決算の認定を要するものであること当然のことであり、議会がそうした監督権限を有していることから直ちに、公有財産の処分に県議が何らかの形で関わるというだけで、それが県議としての準職務行為になるということは到底あり得ず、そこでは、当然、夫々の関与の度合とその方法についての分析が必要であり、当該県議が有していた県会議員としての職務権限と、公有財産の処分に関与することのより具体的な関連性が明らかにされることが必要であると考えられる。そして、本件においては、そのような事情を認めることはできない。すなわち、この段階においては、福本幸雄も県執行部も、県議会における決算認定のことなどを意識していたわけではなく、又、本件はその後の決算認定委員会でも問題とされることなく済んでいるのであり、県議福本幸雄が本件払下処分に申請者側の代理人的立場で県当局と交渉したことが、同人の将来における県議としての活動の準備的行為にあたるものと認める余地もないというほかはない。

従つて、県議会議員が、県有財産の払下について尽力しているという場合でも、県民の仲介人或いは代理人的立場に立つて、いわば住民サイドから県に対して陳情をしたり交渉をするに止まる場合においては、それが県議の議会内における議員活動等本来の職務権限行使のための準備活動として行われる特殊な場合格別、前述した地方議会の議員のいわゆる世話役的活動一般として、単に他の機関の権限に属する事項につき有利な決定を得ようとする行為に止まる場合が多いと考えられるのであつて、これらを直ちに県議会議員の準職務行為と見ることは早計であるといわなければならない。

(二)  次に、県有財産の処分に伴い発生した紛争に際し、県執行部と共に調停に関与した行為は県議の準職務行為といいうるであろうか。

まず、福本幸雄が、右の調停に関与するに至る経緯についてみてみるのに、徳島県工場設置奨励条例第三条一項によると、県知事は、その誘致した工場につき便宜供与する旨定め、その内容として一号に「敷地、工業用水及び電力の確保、労務、資材及び資金のあつせん、紛争の解決その他立地条件の整備」と規定され、誘致した工場において紛争が生じたような場合に、その解決のため努力することが本来、県知事の権限であると共に責務でもあることが明らかである。これを、本件についてみると、同条例三条に基き、県執行部は、四国電力、四国石灰らと麻生セメント、原建材店らとの間の紛争を解決することを県側の責務と考え、調停に乗り出したこと、そして、県側では本件土地払下のそもそもの紹介者であり、原建材店側でそれまで関係して来た福本幸雄は、社会党県議の長老であり、地元住民を納得させる上で好都合であるとして福本にも調停を依頼したものであることは前認定のとおりである。

ところで、〈証拠〉によると、県執行部が紛争処理に当つている場合に、地元選出の県議会議員が当該紛争に関して県執行部より委嘱を受け調停に当るような前例ないしは慣行が存在するようであるが、他方で、右証人らの供述を総合すると、県が福本に調停を委嘱したといつても、県知事の耳にも入れておらず、文書による正式の嘱託をしているわけでもなく、福本に対してそのための報酬等の支給は一切していないという、いわば事実上のものに過ぎないと認められ、県議たる福本に対し、県議本来の職務には含まれていない、本来、執行機関に専属する筈の公務に従事すべきものとする根拠は、極めて薄弱であるというほかはない。

検察官の主張するように県議会の監督権限を理由として職務関連性を根拠づけようとするのであれば、執行機関の側において本来行うべき調停をさらにより公正に行うための議会的監視の方法として、県議会から具体的に調停を担当する議員が選出され、県がこれを公認して共に調停に当るというのが通常の姿であろう。かような場合においても、当該行為が県議の職務権限の範囲内か否かについては一応の議論のあるところである。しかし、前認定の事実に照らして考えるに、福本幸雄が本件調停に関与するに至つた経緯は、右のような筋道を辿つたものでは毛頭ないのであつて、県執行部が紛争の解決に努力する過程で、それまで原建材店、麻生セメントの側でこの問題に関与して来た福本に対し、調停をやり易くするために立会を求めたものに過ぎず、又、福本も原建材店側でそれまで尽力して来たものであるから紛争解決のための調停はもとより望むところであつてこれに応じたものに他ならないことを容易に窺うことができる。そうすると、県議会議員が公務として調停に関与したといいうるためには、少なくとも公正中立な第三者としての立場で調停当事者からも認められ、又、県議会や県当局の側からもそのようなものとして承認されうる外観と実質とが備わつていることが必要であると考えられるが、本件の場合、福本は、そのように周囲から公正な調停者として公認されていたものとは到底認めることはできない。このことは、現実に調停に当つた県当局の側の証人の供述によつても明白である。例えば、当時、県企画開発部長として直接その衝に当つた証人岡田達雄(第四回公判)は「福本県議が承諾すれば全て原建材店も麻生セメントの方も治まるという風に私どもは理解しておつたわけでございますし、また、その原建材店或いは麻生セメントの方の言い分は全て福本県議が代弁する、というふうに判断しておりました」と述べ、右の事実を裏書しているし、又、県執行部の意識の問題として、福本を調停に参加させたことにつき、当時の県企画開発部開発課長であつた証人美馬忠男(第六回公判)は、「県執行部の潜在意識の中には、払下の問題だから県議会で問題とされる場合に、県議会の追及を避けられるという気持が役人根生として底流にはあつたんではないかと思う」と述べているのである。

いずれにせよ、福本が、公務として本件調停に関与するに至る法的根拠はなく、又、県からも正式の委嘱はしておらず、その立場は甚だあいまいであり、むしろ、福本は、県議としての資格或いは立場において、公正な調停を図るための中立的立場でこれに臨んだというよりは、地元の原建材店や、麻生セメントの利益を擁護する地元の一有力者としての立場で本件調停に臨んだものと考える方が本件全証拠に照らし合理的であり、経験則にも合致するといえる。

第二に、福本幸雄のした具体的な調停行為の内容の面から検討してみる。

前記一で認定した事実に加うるに、同掲記の各証拠を総合すると、本件調停は、副知事山本悟、県企画開発部長岡田達雄が主体となつて行われ、四国電力、四国石灰、原建材店の夫々の側から事情を聴取し、調停案は企画開発部で作成して前記協定書となつて結実したこと、福本は、原建材店の側に立つて払下の折衝をして来た関係から県執行部としても話をスムーズに進めるには、県の立場と地元の実情の双方が分つている人に入つてもらつた方が良いということで調停に関与し、協定書、覚書にも同様の立場で立会人として記名捺印するに至つたものであること、が認められる。従つて、本件調停を進める主体は、法規上あくまで県である(県工場設置奨励条例三条)と同時に実質上も県執行部によつて担われたものであつて、福本が県執行部と全く同じ立場に立つて調停を進める権限もないし、実際にも、そのようなことを窺わせる証拠は存在はしない。

次に、福本幸雄が、前記協定書(昭和四四年一〇月二七日付)、覚書(同年一一月一七日付)に、夫々、立会人として記名捺印した点につき、考えてみると、当時の県企画開発部開発課長の証人美馬忠男(第六回公判)の証言中には「我々としては、深い意識なしに、ということで、県の立場や企業の立場ということでなしに、まあ―声をかけられた先生だからお名前を立会人として入れとこう、という程度の意味だつたと思う」「県会議員は、こわい立場の方だし、地元の代表者でもあるということで、主だつた協定書中にはお名前を入れていただいておくと万一将来問題が起つても一つの防波堤になるのではないか、という潜在意識もあるんではないかと思います」旨の供述があるが、右の供述は、福本が協定書に立会人として名前を連ねるに至る際の県側の受け止め方を如実に表わしているものと考えられる。前認定のとおり右協定書には麻生セメント側からは、被告人が福本の次に立会人として記名捺印しているのであるが、その書面の作成形式それ自体からして一私企業の代表としての被告人と、県議たる福本幸雄が調停に臨むに際して、その立場が異なる旨格別に窺わせるものはなく、又、福本幸雄の記名には、県議会議員の肩書を附しているのであるが、それだけで福本が調停における一当事者的立場で調停に参画するものではなく、県議としての職務の執行に準じて立会うものであるとする根拠とすることはできない。さらに前認定のとおり、右協定書第三条には、立会人となつた者の義務条項が合意されているのであるが、県議会議員である福本幸雄が県議の職務の執行としてそのような義務を負うことはありえないわけであるから、右の条項は、福本が個人としてそうした義務を負う旨合意したものに他ならず、結局、民間の一有力者が立会人として合意した場合と同列に評価すべきである。又、県執行部の側において、前記美馬証言にみられるとおり、将来の議会対策上有利だと考えて福本を調停に介入させ、立会人として協定書に記名捺印させたものであるとしても、そうした県側の内心の意思の如何により県議たる福本の職務権限の範囲につき広狭の差異をもたらす筈もなく、現実にも、協定書作成の時点においては、本件調停が将来において県議会で多いに問題とされるというような危惧は関係者の間では左程にはなかつた(前記山本悟証人の第九回公判供述)ものであり、前記美馬証人も一般的な役人意識の表われの問題として述べるのに過ぎないものであつて、本件の場合に特に議会対策につき配慮したというものではないことは、その供述の全趣旨から明らかである。

してみると、福本幸雄は、県議会議員の職務の執行としてではなく、むしろ阿南地区における一有力者たる側面において本件調停に関与し、右協定書作成につき立会人として記名捺印し、自らも一立会人としての義務を負担したものであり、その肩書として県議会議員である旨附記したのに過ぎないとみるのが相当であつて、結局、福本幸雄が調停に関与した行為も、県議たる者の準職務行為と見ることは困難であるというに帰着する。

(三)  以上を要するに、福本幸雄は、社会党県議の最古参であり、県議会内においても発言力を有していたところ、本件においては、阿南市所在の原建材店のため、ひいては麻生セメントのため、県有地払下のため一貫して尽力し、県当局に対して交渉して来たものであるところ、四国電力、四国石灰らとの間に紛争が生じ、県当局が調停に乗出した段階において、従前と同様の立場で紛争の解決に参画し、協定書、覚書の立会人となつたものである。従つて、県当局としても、福本の県議であるという側面ではなく、むしろ、従前からの行きがかりから、紛争解決のため同人の力を活用するために同人に調停への参加を依頼したものに過ぎないものである。福本幸雄は、それは県議たる者のモラルからして称賛しうる行為であるか否かは別として、一貫して原建材店、麻生セメントの側に立ち、その利益のために活動し、他方で紛争解決の責務を有する県は、右福本をも媒介として調停を成功させたものである。同人の立場は、終始、民間企業の側に立つた私的なものというほかはなく、県会議員としての本来の職務と密接な関係を有するものとは到底認め難いところである。

第三結論

以上のとおりであるから、被告人が県会議員である福本幸雄に対し、本件土地払下に関してお世話になつたことへの謝礼の趣旨で、一〇〇万円を贈与したものとしても、福本幸雄は、本件払下、或いは紛争解決のための調停などについて、職務権限を有していないことは勿論、それらに関与する行為は、判示の事情の下においては、県議の職務行為と密接な関連を有する、いわゆる準職務行為とも認めることができず、結局、右金員の授受は賄賂性を持たないというほかはない。〈以下、省略〉

(安藝保壽 秋山賢三 細井正弘)

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